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トラウマ(PTSD、PTG) モラハラ、自己愛性人格障害 基礎科目 毒親

ニーチェでモラハラ、自己愛を克服する

自己愛とニーチェ トラウマ(PTSD、PTG)
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ニーチェ自己愛性人格障害を克服する

さて、モラハラ(自己愛)の人の当事者の声に心を寄せていただいても、

私のような素人では心許ないかもしれません。

私以外の客観的な方法で、かつモラハラを克服するとしたら、

ニーチェ先生が最高ではないでしょうか。

自分自身、「人格障害」の時と、「ただの自己愛防衛」の時の違いは

ルサンチマン(嫉妬)の多さに比例しています。

自分に余裕や自信があるとモラハラなんて無かったかのように忘れています。

自己愛さんには生き方指南になるし、被害者の方にはメカニズムの理解にお役に立つと思います。

哲学とか読書が好きな方はぜひご覧ください⭐︎(以下全て私見)

難しすぎる、または解釈に間違いがあれば、またそっと教えてください🙏

途中難しい言葉が多いので、面倒な方は「それでも末人〜」の項目だけご覧ください。

自己愛の学問としての「ニヒリズム」

彼の言う「ニヒリズム」は、自己愛の学問化の形だと私は思っています。

ニーチェ自身、小さい頃に父親と弟を相次いで亡くし、

身体は偏頭痛、謎の体調不良、躁的防衛などのトラウマっぽい症状に悩まされ、

晩年には統合失調症だったのではないかと言われています(諸説あり)。

ニヒリズムとは、「自分の親(世間、神)も自分の身体(自分への安心感)」も信じられない」と言う状態だと私は思います。

要するにトラウマ体質、PTSDではないでしょうか。

以下で紹介する『ツァラトゥストゥラかく語りき』は半分自伝のようになっていて、

親も世間も神も恋人も誰も助けてくれなかったし信じられなかった世界で、

己の力で世界を切り拓いていく過程が描かれています(超人への道)。

なので、幸せな家庭に生まれ育った「まともな人」には、多分ニーチェは必要ないです。

と言うか少しもピンとこないと思いますし、解る必要もないと思います。

きちんと養育された人は、ニヒリズムとか時代とか関係なく、

世間の価値観と自分の価値観との間に適切な距離を取れるからです。

モラハラ被害者体質の方は半分当てはまるかもしれません。

嫉妬、ねたみ、マウンティング、ディスりを克服する「超人」

明治大学雄弁会の読書会サイトが分かりやすいので引用します。

http://www.meiji-yuben.net/rec/2013/dokushokai20130526ohsawa.pdf

ルサンチマン…「無力からする意志の歯ぎしり(『道徳の系譜学』)」「ねたみ」「うらみ」。幸福や裕福な者に対して抱くマイナスの感情。ニーチェは、この感情を抱えていると自分自身を腐らせ受け身の姿勢となる為、この感情を克服すべきと説く。

・キリスト教…ニーチェはルサンチマンがキリスト教を生んだと考えていた。キリスト教が生まれた当時、ユダヤ人はローマ帝国の支配下にあり、一般民衆は鬱屈した感情を抱えていたが、武力等で抵抗・反抗することは出来ない為、「神」という概念を持ち出し、この観念の中で自らを弱者から強者へと転換させたと定義している。ニーチェはルサンチマンから価値観が定義された世界では創造性を持たないと批判した。このルサンチマン批判は、キリスト教批判であり、ヨーロッパの文化総体への批判へと繋がる。

貴族的価値評価法…自分の力が自発的に発揮される時に感じる自己肯定。

僧侶的価値評価法…自分で自己肯定するのではなく、強い他者を否定しての自己肯定。即ち、あくまで神から見て正しいか否か という自分がそこに存在しない価値評価法。ニーチェはこれを弱者のルサンチマンと定義した。

ニヒリズム…「至高の諸価値がその価値を剥奪されること。目標が欠けている。「何のために」の答えが欠けている(『力への意志』 第一書)」人間にとって最大・重要と考える価値観・価値基準を喪失する状態。

自己愛が大きいこと自体は哲学ではどうしようもないので一旦置いておいて、

その大きすぎる自己愛をどうコントロールして、社会にも自分にも役に立てるか?

と言うことを本稿でのゴールにします。

精神医学の世界の言葉で言うと「PTG」、心的外傷後成長に当たるかと思います。

ニーチェの考えは現代でいう認知行動療法に似ています。

モラハラさんは間違いなく「ルサンチマン」「僧侶的価値評価法」に囚われていますね……。

反省。。

「ルサンチマン」を克服する為に、何事も「欲した、意欲した」と考えることが重要であると説いているのである。人生には苦しいこと、辛いことも多いが、これらのことを有益と認め、愛そうとすることを、ニーチェは「運命愛」と呼んだ。つまり、人生のマイナス面も人生全体で見れば有益であることもあるため、ルサンチマンに陥るよ りも積極的に愛すべきだということである。

私も余裕がある時は、自ら意欲して、既存の価値を破り、かつ「遠人愛」出来ているかな٩( ‘ω’ )و

自己愛さん、モラハラさんは、「奴隷」状態

まず、引用にはありませんが、「畜群」と言う概念について触れます。

(参考)https://mikuriyan.hateblo.jp/entry/the-higher-man-and-the-herd

ごくごく一部の「例外的な創造的で孤独な人間」と比較して、

「畜群」には二種類の人がいます。

「末人」「奴隷」です。

既存の秩序やルールの中で幸せに生きている人を「末人」と呼んでいます。

モラハラやいじめをする加害者は「奴隷」と呼ばれます。自己存在に苦しみ、ルサンチマンを抱え、病み、他人を引きずり下ろす事ばかりします。

私自身は「末人」は十分素敵だし、無理せず自然体に生きられて、自己愛さんたちの憧れの存在だと思います。

むしろ自己愛さんは「末人」さんに憧れて永劫回帰するだけの「奴隷」。

「奴隷」さんご本人がニーチェを読むと、ほぼ100%の打率で

「あ、俺は高次の人間だわ。周りに引きずり下ろされてるわ」と感じます。

学生時代からずっと謎だったけど……一つのチェックリストに出来るかもしれません。

パートナーに超人理論を説明して、↑の反応をしたら「奴隷」さんです。

私もたまにそうなっている。

それでも「末人」になりたくない自己愛さんは、ラクダ→獅子→超人を目指すべし!

超人について、精神が超人へと変化するプロセスについて本書で説明されているので、簡単にまとめる。

第一段階は「ラクダ」で 自ら重い荷物を進んで担い、そうすることで自分の強さを喜びたい。つまり、困難であればあるほど闘志を燃やし自分を高めようとする 精神である。

第二段階は「獅子」で、「我意志する」として荒涼とした砂漠の中で「汝なすべし」の鱗で覆われている竜と闘う。これは、 既存の価値観である竜と闘い打ち砕き、自分はこうすると宣言することである。

最後の第三段階は「幼子」で、幼子は無垢に「一つ の聖なる肯定」「一つの創造の遊戯」を行う。即ち、幼子はもはや否定するまでも無く、自分から溢れ出る想像力に身を委ねている のである。武道で言えば「守破離 し ゅ は り 」に似ている部分もあるかと思われる。

ここからは解釈が難しいし分かれるので、私の勝手な解釈をしますm(_ _)m

①ラクダの状態

5歳児が「お母さん、お片付け手伝うよ」と積極的に自己アピールするイメージ

会社でもつい、誰かの役に立ちたくて、仕事を引き受けがちな状態

家庭の中では、妻子のため寡黙に働くお父さん、ご機嫌で自立したお母さん

②獅子

中学生くらいで高まった自己愛を生徒会活動や部活動にぶつけ、「新しいことを達成する」ことを生きがいにしているイメージ

会社ではプロジェクトリーダーや社長、社会では「役にたつ意識高い人」のイメージ

家庭の中では、子どもが自然とお手本だと思う職業人としての親の背中

③幼子

自分の欲望のままに動いているし我慢もしないのに、社会に役に立っている状態

これは「いつか」現れるらしいので、現在はいません

とはいえ、自己愛さんがなんの努力もなく、常識的で温かい人になれと言われても難しいかもしれません。

結論

ならば、せめてラクダになって、ルサンチマンより楽しい世界に身を投じませんか?

ラクダになれたら獅子になって、自分と社会をどんどん良い方向に変えていくサイクルに入りませんか?

そして、赤ちゃんを目指して価値から自由になる努力(自己超越)を無限に続けませんか?

小難しい本を読む必要はありません。

最近は便利なので1時間以内に読めるマンガになっています。

本家はこちら

学問的な論文が好きな方はこちらのリンクもご覧ください。

(私は筆者さんではありませんが)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/15/1/15_11/_pdf/-char/ja


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