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「治らない病」克服日記 ストレス対処 トラウマ(PTSD、PTG) モラハラ、自己愛性人格障害 基礎科目 心理的虐待、ネグレクト、マルトリートメント 毒親 発達障害

「自分を愛する」のトラウマ的意味

自分を愛するとは何か? 「治らない病」克服日記
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とても生きていけないレベルのトラウマを経験すると、

人間は不思議なことに以下のように分かれるみたいです。

身体の中)本当の自分

心と脳)サバイバル人格

よく言う自分を愛そうという言葉は、

トラウマのない人にとっては分かりやすい概念なのかもしれません。

でも、複雑性PTSDまで行くと難しすぎて分かりません。

「え、どれを愛せば良いの?」という感じ。

少なくとも私はサバイバル人格しか認識できていなかったため、

「自分を愛した」結果として自己愛性人格障害になっていました。

どういうことか?

本来的には、心も身体も全部愛して、自分を許して受け入れようという意味なのでしょう。

でも身体が無意識に麻痺していて感覚が無くなっていたので

私は現実の身体と心ではなく、イメージの中の私を愛していたのです。

つまり、なりたい自分というイメージを愛して、

いまここにいる私の現実的存在を否定していました。

その元凶は親ですから、甘えの断念と被害者意識がブラックホールのようにうごめいています。

これが歪んだ自己愛です。

じゃあトラウマのせいで生まれたときからマヒしていた人が

歪んだ自己愛に走らなかった時期はどうしていたのかというと、

身体と仲良くしていました。

平たくいうと自由に走り回るような運動習慣がありました。

自由な運動をやめて型にはめた運動をするようになって悪化しました。

裏返して一般化してみます。

発達障害にせよトラウマにせよ、

動物らしい自由な動きが制限されると、

ヒトとはいえ死んだフリやマヒを起こして感覚を鈍らせる。

これが誰でもやっているストレスコーピングの段階。

次に死んだフリやマヒを何日も何日も続けていると、

それが習慣化してしまう。

そして身体の感覚が失われてゆき、

次第に身体と心で人格が分かれていく。

心の人格は、虐待が終わらなければ死ぬしかないので、

虐待者の希望に沿うように自己変革する。

その過程で虐待者好みの人格障害者に作り変えられます。

ただ、本人の心にとっては「生き残るための全力の答え」が人格障害なので、

大人になって虐待者との接触頻度が減っても障害者のままい続ける。

唯一、治る方法は、その人の「身体」に訴えかけること。

身体は生まれたときのまま歪んだ洗脳をされていません。

だから身体を思いっきり動かしているときに出てきているキャラは、

多分その人本来の人格に近いです。

ハンドルを握ると人格が変わる人は、ハンドル人格が本来かもしれません。

例えば私の例でいうと、普段は相手に合わせる優等生っぽいと言われます。

実際、サバイバルのために良い子を研究しまくり、

その結果、本来の自分とあまりにギャップが開きすぎて生きるのが大変になり、

優れたストレス対処術である人格障害のメソッドを借りまくっていました。

人格障害ってすごいので、そうしている間は問題の本質が見えなくなります。

問題を先送りしたい人にはピッタリなのです。オススメはしないけど。

ただ、文章を書いたり自由に走り回ったり絵を描いたりしていると、

本来の自分がむき出しになります。

生まれつきか虐待のせいか分かりませんが発達障害傾向があるため、

集中や想像や運動能力ではパフォーマンスが高い一方、

マニュアル的な作業ーー事務作業や家事がものすごく苦手です。

社会人をするためには自分を消すほかにどうしようもありませんでした。

そりゃあ私だって24時間365日優等生でいられるならそれに越したことはないんです。

でも、身体を完全無視して一日中事務仕事をしたりすると、

もう身体と脳の疲労が限界を超えて、意識はあるのに脱力してしまいます。

脳の神経回路的に出来ないことを身体をマヒさせて無理矢理やっているので当然です。

だから本当は身体のストレス対策もしてあげないとダメでした。

私の場合は激しめの運動や音楽を聴くこと。

やらないと心が支配しすぎて、

人間としてのバランスが取れなくなってしまいます。

いま、心と身体がだんだん元サヤに戻っていく中で、やっと

自分を愛する意味が分かりました。

身体は磨いてきたコミュ力に感謝しているし、

心と脳は死なないでいてくれた身体に感謝している。

もう無理はしないと思えるようになりました。

自己愛のページで書きました。

トラウマの人だって甘えたい、と。

私はたまたま身内に誰も甘える人が居なくて孤独だったので、

身体と心が甘え合う奇妙な共依存状態になりました。

普通のトラウマの人は、どんな過酷な状況でも誰か一人くらい甘えられる人がいるものです。

だから問題が起きるとその度に誰かに甘えます。

それが非行であり、依存であり、モラハラであり、いじめであり、虐待です。

かわいくない甘え方しか出来ないんですね。

じゃあなんで甘えるかというと、それはもちろん、親の愛が不足していたから。

親の愛の不足を一生かけて取り戻そうとして、

マウンティング悪口暴言暴力自殺未遂まで甘えるためなら何でもします!

というクズなんだけどやめられない状態になっている。

そして骨の髄までしゃぶり尽くすほど甘えても、他人からの愛では絶対満たされない。

これが愛着障害の本当の危なさです。

でも、気づくことはできます。

他人の愛では変われない。だから自分への愛で変わっていこう!と。

では大人になったいま、誰か親代わりになっていくれるか? というと、

20代の恋愛適齢期までならチャンスはあります!

私は育て直されたパターンです。

恋愛という大義名分があるので、結構な無茶もお互いに受け入れられたりします(o^^o)

自分に変わりたいという気持ちがあれば、多くのパートナーが力を貸してくれます!!

愛って偉大ですね。

ただ、30代以降だと、加害者も被害者もお互い大人のプライドや社会的な地位が邪魔するので、相当難しい気がします。

ただ希望はあります。

「自分の身体に育て直してもらうこと」

私はパートナーに育て直してもらいつつ、

カウンセラーの先生を親代わりに頼りつつ、

自分で自分の身体をベースにセルフ育て直ししています(*´꒳`*)

これについては次の記事で!


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