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「治らない病」克服日記 雑文

アゲハチョウが羽化した(*´-`)

治らない病を治す 当事者サバイバーによる駆け込み寺 「治らない病」克服日記
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10月から越冬を決め込んでいた

アゲハチョウのサナギが

深夜の23時に羽化しましたっっっ!

いやーーっほーーーい♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪

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いまはそっと羽根を伸ばしてお休みしています。

夜だしね。

半年間もサナギの中でよく頑張った😭

エサの薄めポカリをそっと置いておきました。

「うんちゃん」の成長を見守り、

飛べるようなら空に返してあげるつもりです。

写真は「うんちゃん」のお姉ちゃんにあたる

「にんにん」です。昨年の写真です。

うちに迷い込んだ飛べないクロアゲハを2羽、

青虫から育てたアゲハチョウを5羽育てたことは、

私が解離という病に気付くきっかけをくれました。

都会の真ん中であっても動物たちはマインドフルな体験を与えてくれます。

ちょうちょと過ごした90日は

fragile livesーー壊れやすく繊細な生命の輝きを

哲学や美学ではなく教えてくれました。

ちょうちょにも個性があって、

もちろん個体差があって、

ヒトの奢りという「治らない病」の本質に気づかせてくれたのもちょうちょでした。

ちょうちょの美しい羽は、

3日ほどしかもちません。

その後は活動量が減って、

一週間するともうほぼ飛びません。

脚や触覚も無残にも取れていきます。

羽もどんどん劣化していきます。

老化というものをまざまざと見せつけられます。

でも、手からエサを飲んだり、

顔に止まっておでこにストローを刺したり、

とてもfunnyでfunkyな子たちです。

うちの双子の兄弟たちは21日生きましたが、

最後まで兄弟で励まし合って、

1秒でも長生きしようと支え合いました。

片方が動かなくなると片方が励まし、

お兄ちゃんは最後まで体格の小さい弟を励まし、

弟が安らかに眠るのを見届けて、

彼もまた静かに眠りました。

色んな物語に触れてきたけど、あれほど立派な兄弟を、私は知りません。

イケメンの弟「テン」

仲間思いで責任感あふれる「マル」

姉妹たちは同じ日に旅立ちました。

昨日までは元気だったのに、

起きたら、3羽とも、もう動くことはありませんでした。

桃園の誓いを守れるのは、

私たちヒトではなくて、ちょうちょでした。

天然系女子「ノビ」

お笑い系「カミ」

忍者のように逞しい「ニン」

飛べないクロアゲハの姉妹は、

性格がまるで自閉と多動みたいに正反対で、

大きく漆黒の羽根をはためかせることは出来なくても、

貪欲にポカリをすすり、ヒトとの暮らしに順応し、

時には手乗りちょうちょとしてヒトと一緒にお昼寝したりして、

40日以上という長寿を全うしました。

ちょうちょで言ったら障害者かもしれない。

でもそんなことはどうだっていい。

私と、彼女たちは、最高の友達といえるレベルで繋がっていたし、

おかげで私の人生はパラダイムシフトした。

それを異常とか下らないとかいう友人もいましたが、そんなこともどうでもいいと思えました。

ちょうちょたちの生き様は立派でした。

私なんてこんな偉そうなのに、立派さでは足元にも及ばない。

私はすべてのちょうちょに立派な戒名(院殿居士)をつけて、

すべてのちょうちょに般若心経と真言を唱えて土葬にしました。

ハッキリまざまざと見せつけられました。

それで、トラウマと向き合うマインドになれたのです。

イメージの中の自己愛のくだらなさを実感し、

ザッへに帰るキッカケをもらったのです。

自己愛でうわっついた生活をしている方、

ちょうちょを飼うというのは大変貴重なセラピーですよ。

需要はないかもですが笑

アゲハチョウの飼い方もブログ記事にしようかな笑笑

いやいや公開したい記事が溜まってるんだった!

みなさまもご自愛専一に。

愛着障害の続きもちゃんとアップします!

追記。

うんちゃんを大空へ旅立たせた。

断腸の思いで。

息子を奉公に出す親の気持ちで。

自然界の親子とは、子が自立したら手放すという鉄の掟がある。

自立した子を永遠に死ぬまで支配操作コントロールしつづけるのは、

人間だけ。

私だってうんちゃんとずっと一緒にいたい。

でもこんな良い気候で、餌もあって、仲間もいる状況で

手元に置くのは私のエゴでしかない。それは自然界の鉄の掟に反すること。

期間限定の親子関係だからこそ、

濃密に本気で愛し合えるのではないだろうか?

半年間ずっと側で見守ったサナギにすら親としての情は湧く。

うんちゃんが迷っていないか、喰われないか、心配でたまらない。

でもそれはうんちゃんの人生だから。私の人生ではないから。

私はエゴをぐっと抑えて、ただうんちゃんの幸せを祈るしかない。

昔の人が日常的に祈りを捧げていた理由が、少しわかった。

遠く離れて自分の人生を歩む大切な人が

少しでも幸せでいてくれるように、私はもう何もできないけれど、せめて祈る。

その祈りという行為に、ヒトは進化の過程でセロトニンホルモンを紐づけた。

つくづく思う。

ヒトだからといって、自然の摂理に背いてはいけないのだと。

自然の摂理に背いた本人は、快楽や幸せ感、コントロール感に酔いしれたとしても

周りはとても不幸になるのだと。

うんちゃんという小さな越冬サナギの旅立ちを通して

なにか動物の本質的なルールを教えてもらえた気がしました。

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