これまでの記事と愛着障害問題を絡めてまとめながらお送りします。
- なぜ殴るのか? 1戦場以外の場所をまったく知らないから
- なぜ殴るのか? 2身体の感覚が薄いから
- モラハラも「被害者」がトラウマを暴かれて暴れているだけ
- なぜ殴るのか? 3正義感的に許せないから
- なぜ殴るのか? 4甘えたい
- なぜ殴るのか? 5自分の身体や自分の人生が不安しかないから
- 小児期トラウマが記憶にない理由
- なぜ殴るのか? 6マイルールを犯すものはすべて敵
- 普通の人は病識から逃げる
前回から続いています。
なお愛着障害と毒親や虐待はイコールではありません!
たまたまその時期にお仕事や病気で忙しかった家庭でも愛着障害は起こります🙏
3歳までに大きな病気をして親から離されていた経験でもなります。
私は残念ながら全部経験しております😅


では、分析再開します。 今回は長いですよ!
愛着障害の人が不幸にも加害者に堕ちていく理由を分析します。
なぜ殴るのか? 1戦場以外の場所をまったく知らないから
愛着障害を追っている人は、
たとえどんなに安心安全な場所にいたとしても、
「安心」とか「安全」とか「監視されていない」という概念を知りません。
生まれた時から毒親が気分次第で愛したり殴ったりしてきたので、
何が安心で何が危険なのか、その区別が人生で一回もついたことがありません。
常に攻撃に怯えて警戒し、注意が過剰になっています。
相手が一瞬無表情になったとか、
相手の目が0.5ミリ下に動いたとか、そのレベルのことでも
「命の危機だ!」と脳の扁桃体が異常暴走を始めます。
ホッブズのいう「万人の万人に対する闘争」しか知りません。
まさに闘争逃走状態を生まれた時から何十年も続けています。

だから相手の身体反応を「攻撃」と見なしたら、即「正当防衛」反応になります。
何度も言いますが加害者の身体トラウマが「正当防衛」と言っているだけです。
ここでまたパターンに分かれます。
・解離のある人:「解離性遁走」状態になり、記憶も理性も飛んで夢中で殴る/モラハラする
→相手が悪くて自分は常に正しい、正当防衛だと本気で信じている
自分の本当の敵には全然気づいていないし記憶もなく、弱さを見せようとしない
・解離のない人:恐怖で身体トラウマが剥き出しになり、我を忘れて殴る
→「女というのは身分が低く俺が食わせている弱くて調教すべき性的存在なので、
強い男である俺様がムシャクシャしたら殴る権利がある」妄想を信じ込んでいる
・理性の強い人:屁理屈を駆使していくらでも食い下がり、何としても相手を下げる
→自分が防衛的であることまでは気づいているが、逃避が楽なので安住している
一般に知的能力は高いものの、己の弱さと向き合うのは不快なので絶対避ける
「僕/私をこれ以上攻撃しないで! 本当は傷ついてるの! 弱いの!」
と可愛いことは言えれば許せるんですけどね……。必死すぎるので
「テメェ、何様のつもりなんだゴルァ? この俺様にケンカ売るたぁいい度胸や!」
となってしまいます。警戒して不安で闘争逃走反応に陥っているからです。

なお、加害者がトラウマタイプかどうかはすぐ判断できますので以下ご活用ください。
解離についてはこのシリーズが終わったら解説記事を書きます。

なぜ殴るのか? 2身体の感覚が薄いから
愛着障害の影響は、自分自身に身体感覚の薄さに現れます。
親に優しく抱っこされたり、身体をマッサージされたりすることで、
赤ちゃんは母親と自分の境界線を引きます。
境界線があるから、境界線があってはじめて、自分の身体感覚は感じられるのです。
よく「これは現実か!?」というときに身体をつねりますね。
あれと同じで、「殴っている時は生きている実感がある」のです。
普段は毒親の言うなりになって実家では生きた屍になっていましたので、
殴るという強い衝動でないとこの世の実感が薄いんです。
私の場合は離人症が入っていましたので、特にこの「感覚鈍麻」は強かったです。
モラハラも「被害者」がトラウマを暴かれて暴れているだけ
モラハラの場合も同じ理屈です。
モラハラ加害者も、赤ちゃんの時は「被害者」。そして身体は凍り付きました。
でも大人になっていろいろ成功体験を積んだことで、
自己愛という名の「脳内イメージの中の万能感」をゲットして、
自分の凍りついた身体と精神のことは忘れることにしました。
愛着障害ではあるのですが、万能感という脳内イメージの中に「安全基地」を決めて定住しています。
その万能感モデルは話題の企業家だったり、歴史上の偉人だったりします。
徹底的にイメージの中だけで生きることに決めたのが自己愛性人格障害者です。
だから他人に興味ないし、好きなことしかしないし、共感する意味も感じないのです。

忘れようとして必死なのに、パートナーが善意でトラウマをほじくりかえしてきます。
だから我を忘れて全力で抵抗し、安全基地たる万能感(=自己愛)に帰ろうとします。
愛着障害者が生きている実感を得る方法は、
毒親が気分次第でランダムに出してくる「条件」をクリアすることです。
勉強で良い点を取るとか、強い男になれとか、毒親個人によってバラバラです。
その毒親の脳内イメージとしての「条件」をクリアしようと一生涯必死になります。
クリアを邪魔するものは当然「敵」ですから、殴ってでも制圧します。
なのでDVやモラハラの原因は人によってバラバラなのだと思います。

なぜ殴るのか? 3正義感的に許せないから
自己愛的な毒親は、子供を手っ取り早く簡単に支配して思い通りにするために、
「(親にとっての)正義」で子供を洗脳し尽くします。
誰だって、自分の言いなりになるペットが欲しいですよね。

だから学校でも、大きくなったら会社や家庭でも、
(親にとっての)正義を振り回して他人を罰したくなってしまいます。
散々子ども時代に一方的にやられ続けたうえ、
学校は崩壊していて北斗の拳みたいな無秩序状態だと、誰も助けてくれる人がいないのです。
やられる前に「正義」の名の下に誰かをやっつけて強さをアピールしないと、
いじめや暴力や虐待で殺されかねない恐怖感を持っています。
私は「博愛」という信念が強かったので罰しませんでしたが、
罰したいのに罰せないことにめちゃくちゃ悩み、身体を壊すほど苦痛を感じました。
そもそも暴力性は強く持っているし、リスク選好性も鬼高かったため、
守るものも自制心も解き放っていたら……恐ろしい非行少女になっていただろうと怖くなります。
実際、ママ友内では子供時代の私は「あの子グレそう」としてマークされていたようです。
うちの母親は少しも気にしておらず、私の二面性に少しも気づいていませんでしたが。
過干渉の親って、子供の内面性に少しも興味なくて、笑っちゃいますね。
コロナに乗じて脅迫したりネットに個人攻撃をしている人がいます。
これは歪んだ正義感の典型的姿だと感じます。
よほどドーパミンが欲しいのでしょうね。
あの頃のいじめっ子が、いまきっとネット上で感染者さんをいじめてるんだろうな。
自由に悪さをでき、他人に甘えられる彼らが、少し羨ましいです。

なぜ殴るのか? 4甘えたい
動物にとってボディタッチはオキシトシンを分泌する幸せ行動です。
だから本当は優しくハグしたり、優しく手を繋いだりしたいのです。
でも、毒親はハグや手繋ぎにも「条件付きの愛」を持ち出して支配の道具にしてきました。
ハグしてあげるから勉強しなさいとか、
手を繋いであげるから一切声を出すなとか、
気分次第では、うるさいあっちに行け! とか。

そういう「条件付き」「支配」「操作」を気分次第でやられ続けると、
もう全ての「親的な身体接触」は恐怖と愛情がごちゃまぜになった
複雑なトラウマトリガーになります。
優しくされると「何を要求されるんだろう」「裏で何企んでるの?」「次はどんな方法でいたぶってくるの?」と条件反射で固まります。
でも動物ですからボディタッチはしたい。けど闘争逃走反応以外の落ち着いた反応が分からない。
だからやり返しの心配が無い相手を選んで殴ってしまいます。
特に回避型愛着障害の人は、距離感が掴めないのでハラスメントに逃げます。
戦うか逃げるかしか分からないほど追い詰められたヒトは、
すべての他人を利用して愛着トラウマのフラッシュバックで「闘争反応の完了」を目指します。
この仕組みは以下の記事で詳しく述べています。

なぜ殴るのか? 5自分の身体や自分の人生が不安しかないから
愛着障害でも無秩序型と呼ばれる私のようなタイプは、
もう本当に何も信じるものがなく生きてきたため、
愛するという概念も信頼という概念も、実感がありません。本当に。
良心はありますが、自分以外に警戒を解いた経験すら無いので、理解できないのです。
自己肯定感という概念も、正直言って実感がなくて理解できていません。
それはなぜか?
身体のSOS(毒親や医療ミスに切り裂かれた身体の惨状)を無視して、
毒親が求めるイメージの中の素敵で理想的な自分を演じることで、
なんとかボロボロの自分に鞭打ってギリギリ生きているからです。
幻肢という状態に近いです。
本当は死への恐怖や毒親の監視に怯え、不安で不安でたまりません。
だから「いまここ」がさらに不安な状況に悪化したら、今度こそ死ぬかも知れません。
「死なないよ!」というツッコミは、重症のトラウマさんには通じません。
それで身近な人(家族)を暴力をもってしても支配し続けようとします。
圧倒的にメンタルが弱すぎるから、暴力で振り向かせます。
強迫性障害の人は、手洗いなどの習慣を家族にも協力させて安全を守ります。
自己愛さんは自己愛妄想を相手にも従わせることで安全基地を守ります。
良心が暴力をとがめる場合は、異常なほど自分を追い込みます。ワーカホリックとか。
そうやって愛着障害という恐怖から逃げて逃げて逃げまくり、
非常にいびつで独特な方法を使って安全基地を死守します。

残念なのは支配しつくしたとしても、愛着障害者の不安が消えないことです。
私たちの本質的な不安は
「親に殺されるかもしれないのに、親を愛さなければ殺される、だから殺そうとする親を全力で洗脳して愛するフリをしなければならない」
という抱えきれない矛盾にあります。
矛盾した感情はトラウマとなって本人の身体に刻まれ、
神経や脳の使い方、また身体の機能(特に腸内細菌)が改造されてしまいます。
それはカウンセリングや投薬では治すことが出来ません。
小児期トラウマが記憶にない理由
しかし!
ヒトは小児期トラウマを完全に忘れるという究極の奥義を持っています。
「なんでもないふうに装って」生きるという裏技を持っています。
親との記憶も「素敵な家族」というイメージに完全に書き換えられています。
虐待毒親は「最強の人類」へと記憶が捏造されます。
だからよほどの大きなショックが無い限り、毒親の罪状に気付くことはできません。
こうしてDVや虐待は「悪」と理性脳で理解していたとしても、
確実に情動脳によって世代間連鎖していきます。
なぜ殴るのか? 6マイルールを犯すものはすべて敵
子供時代が24時間戦国時代だった人は、
親も友達も教師も社会もすべて無秩序型で信じるに値するか判断できないほど警戒しています。
でも何も信じないではヒトは生きられません。
だから毒親の正義や毒親のマイルールを信じ、せめて家庭で殺されないように、自ら洗脳されに行きます。
生きるか死ぬかの自己洗脳ですから解けるのは難しいです。
例えば、親が「家族は家事を平等に分担するのが正義である」と決めたとしましょう。
例外というものを一切認めず、みんながこの規律通り行動していれば、
これは家庭内ルールで済む話です。
一部の本気でヤバい毒親は、気分次第で許したり許さなかったりします。
すると子供はどうなるかーー。
逆に毒親の洗脳に強く強くかかります。マインドコントロールの初歩ですね。
顔色を伺い、隙あらばズルをして、怒られるのを避けようと迎合します。
世間のルールは軽んじるのに、マイルールは異常に大事にし、権力者にこびへつらう卑怯者にさせられます。
そういう子が大人になると、自分だけが家事や育児など「義務っぽいもの」をしていると腹が立って泣きたくなります。
毒親から「家事は分担すべし」として散々家事をやらされてきた、あの惨めさと殺される恐怖が無意識にフラッシュバックしてしまいます。
つらくて逃げ場の無かった幼少期を肯定するため、周囲の人にもマイルールを強要します。
でないと自分が惨めで悲しく寂しい愛着障害者だと認めないといけなくなります。
ほとんどの愛着障害者は、ここでドーパミン中毒行動に逃避し、辛い過去とフラッシュバックにフタをします。

普通の人は病識から逃げる
私はトラウマ体験がバリエーションも数も多かったため、
相当強く解離していてメタ認知が強すぎるタイプなので、
右脳によるフラッシュバックも少ないし左脳がちゃんと?働いています。
……話が矛盾しているけど、実際そうなのです。
こうして冷静に他人事のようにトラウマを振り返れますが、
これは人間としては異常です。こういう当事者はおそらく例外中の例外です。
多くの愛着障害者はそれが出来ません。とにかく病識から逃げまわります。
自分が弱いことを認めたら、弱い=食われて死ぬという普通では考えられない世界観に生きています。
だから決して1秒たりとも負けることが出来ません。食われて死ぬ恐怖が身体に眠っているから。
だから「親と私の正義に反するお前を殴る」ことは正義として続けられます。
酒、美食、旅行、エンタメ、パチンコ、競馬、浮気、風俗、ゲームなど、ドーパミン快楽を求めて忙しなく動き回っているはずです。

次はようやく「対処法」を考えます。
もー長すぎてすみません!
これはかなりテクニカルなお話になります。
ゴールデンウィーク中、こんなディープな記事を読んでくださった方、ありがとうございます。
身体をいたわることの大事さが少しでも伝われば幸いです。
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コメント
大作お疲れ様です。暴力に走る理由、どれも納得のいく説明でした。いくつかは僕も認識しているものがありましたが(弱いと食い殺されるという恐怖を持っているなど)、加害者の頭の中と体は、ホント、ぐっちゃぐっちゃなんですね。
この記事を読むとこんなものに対策法なんて存在するのかって、思ってしまします。だから、次の対策編は楽しみです。