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「治らない病」克服日記

3歳児が失った「頭蓋骨陥没骨折」の痛み【実録・小児期トラウマ治療3】

身体はトラウマを記憶する 「治らない病」克服日記
身体はトラウマを記憶する
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今回は、小児期トラウマとしてもPTSDとしても最も普遍的で分かりやすい、

3歳のときの臨死体験事故について書きます。

第一回はこちらから。

小児期トラウマのカケラと「忘却の空」【実録・小児期トラウマ治療1】
さて、私が現在絶賛治療中の「小児期トラウマ」=ACEの治療日記を書いて行きたいと思います。しばらくはACE治療の「日記」がメインになります。今日は第一回として、「トラウマ」という言葉に出会った3ヶ月前のことを。
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親を悲しませないため? 失った「痛覚」

私は長いこと、「父が毒親だ」と思ってきた。

父は病気だからとはいえ、私を使って「生き直し」をしているのは明白で、

こちらも白けるほどに「お前は優秀で完璧な人間だ」と自己愛を押し付けてきた。

自己愛とは何か?
ナルシストや自己愛が強い人は、一般的に攻撃的でマウンティングに余念がない。でもそれは弱さを隠しているからかもしれません。

素の性格はマイペースで他人の評価を気にしないタイプのため、

正直、親に押し付けられた「自己愛的人格」は肌に合わなかった。

だから、誇大自己妄想と現実のギャップにずっと苦しんできた。

ーーそう、うつになるほどに。

性格診断と遺伝子検査をすすめる理由
遺伝子レベルで決まっている性格を無視して「良い人」をやり続けると、絶対病気になります。認識や意識だけでは、「何が自分の問題なのか」見抜くのは難しいです。外部の検査を賢く活用しましょう!

 

だが、現実というのはそんなに甘いものでは無かった。

私にとって父とは、「毒親育ちかも? という痕跡」であって、

額の傷と同じだったのだった。

本当にミステリー小説か、RPGかと、我ながら笑ってしまう。

ボスの後に出てくるラスボスは、いつも意表をついた相手なのだ。

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最初に解放されたトラウマは、3歳の「事故」

「身体はトラウマを記憶する」……していた!

まさか、あの分厚い本のタイトルが、自分の身に起きているなんて……。

自分ではラスボスだと思っていた「事故」は、

じつは私というトラウマの複雑骨折みたいな人間にとっては「序の口」だった。

その時は数回のセッションの後、すぐに訪れた。

 

いつものようにボディースキャン瞑想をしながら「セルフ整体」をしていると、

身体が妙な姿勢で止まった。

何度身体を戻しても、意識を戻すとすぐ同じ姿勢になる。

 

足は前を向いて踏ん張ったまま、

腰からぐるりと左にねじ曲がり、

左手を下から引っ張られているような状態。

 

最初は解釈に戸惑ったが、

次第にこれが「身体が記憶したトラウマのポーズ」なのだと感じた。

きっと、この一瞬の姿勢が「闘争逃走反応」で、

その直後、私は惨めに無残に敗れ去った。

生きるか死ぬかをかけた闘いで。

③治らない病の原因は、ストレスからの「凍りつき」?
うつ、ひきこもり、不登校の原因は、メンタルじゃないかもしれません。逃げられなかったストレスは、脳は忘れても、身体は「死んだフリ」をし続けています。

「世界は私を殺そうとする」夢の意味

セッションが終わってから、ふと、また身体の内側から記憶が蘇る感覚があった。

ーー後ろから、下向きに、左手を強くひっぱられた?

ーーそれで、上半身が左に90度旋回して、そのまま頭から倒れた?

自分で、布団の上で何度も何度も試してみた。

 

目の前が血で染まる。意識が遠のき、わたしは私から分離し、

もはや死体にしか見えない私を斜め上から眺めていた。

砂場は血の海。でも何も聞こえない、感じない、痛みも、憎悪も。

犯人を罰している余裕なんて、あの頃の私にはなかったのだ。

 

ーーそうだ、間違いない。私は、「保育園の誰か」殺されかけていたーー。

ーー相手の顔を見てやりたかったが、失明を免れるためにそれ以上視線を送ることが出来なかった。

ーー犯人の憎さなんて微塵も感じなかった。ただ、保育園に行けなくなることだけは、それだけは阻止したくて、私は「事件」をこの世から葬り去った。

 

その事実を受け止めても、ほとんどなにも感じなかった。

パニック障害で「殺される!」と脳内がパンクする感じと、

事故のトラウマとは関係があるような、全然関係ないような、

モヤモヤとした気持ちになった。

パニック障害の治し方〜観察&ゆるめる
パニック発作が起きはじめたらして欲しい内観のテクニックです。ひとりで、道具もいらず、面倒な動作もありません。
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他人事のような「親の日記」「保育園との連絡ノート」

それよりも気になったのは、親や先生の認識と、実際の怪我の程度のギャップだ。

私は3歳2ヶ月。まだ骨が柔らかかったとはいえ、

その陥没跡は、昨年撮ったMRI検査にしっかりと、生生しく映っている。

まだ、塞がっていない。

 

だが、受けた処置は「皮膚を7針縫っただけ」。

連絡ノートにはこうある。

「娘がご迷惑をおかけしてすみません。また、当日は親戚の用事で病院にも行けずすみません。『痛くない』と言っておりますので、明日からよろしくお願いします」

先生もこう返している。

「何事もなく済んで安心しています。先生もみていない中での事故だったので、以後気をつけます」

 

ーーえ?

ーーいやいやいや、頭蓋骨を5㎝骨折していて、「痛くない?」そんなバカな! 大したことない? こんなトラウマになって?

 

混乱した脳内を先生にぶつけると、

「もっとトラウマが抜けてくると、痛みを感じられるようになるかもしれない」という。

ーーいや、でも、私の記憶では、その後何度も古傷が痛み、血液恐怖症になるほど苦しんだ。

ーーじゃあなんで3歳になりたての子供が、そんな虚勢を張った?

私のイメージする3歳児と、痛みも責任追及も放棄し保育園に通い続けた私に、

大きすぎる隔たりを感じた。

 

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わたしの本当の愛着基地を守るために

頼れない親と、外にいた「安全基地」

結論は自ずと明らかだった。

実の親に「痛い」と言える状況になかったのだ。

 

その当時、まだ何も思い出せていない私が立てた仮説は二つ。

①痛いと言えば、犯人探しが始まり、保育園を辞めさせられ、毒親に軟禁される

②痛いと言って親と保育園の先生を悲しませたくなかった

この両方が正しいとすれば、次の結論が導かれる。

③私は3歳までには解離を習得し、痛みを切り離し、事故後も平然と振る舞い続ける能力があった

④ということは、記憶のない「小児期トラウマ」のサバイバーである

⑤保育園の先生こそ、私の愛着対象であり、私の安全基地であり、親代わりだった

 

「先生と会うために」切り離した憎悪と痛覚、手に入れた感謝と奉仕

私が「事件」を「怪我」「痛くない」と言い張って守ったのは、

私にとっての心のお母さんだったのだ。

心のお母さんとの仲を邪魔する母親には、虚偽申告で騙してでも、

私は心の安全基地に毎日通い、心を成長させる必要性があったのだ。

 

次のセッションの時、私は久しぶりに腹の底から泣いた。嗚咽した。

そして胸のあたりに温かい塊を感じた。

「先生、私を育ててくれたのは、両親じゃないんです。保育園の先生と、友達と、友達の親なんです。彼らがいなかったら、わたしは、多分……」

その言葉が自然とこぼれ落ち、伝えきれなかった感謝の気持ちで身体が崩れ落ちた。

私を守ってくれたのは、遺伝子に刻まれた「非常に高い外向性」であることは明白だった。

 

乳児の私は、必要に迫られて、外部に愛着基地を求めた。

そして家では泰然と「鬼」と「死の恐怖」と同居した。

そこまでは分かった。

だが、自分の親に巨大な不信感を持っていながら、

記憶の中では「仲良し家族」を演じてきた。

記憶のない生まれてからの3年間、なにかもっと大きなことがあったーー?

 

身体の記憶、親の話、親の日記、連絡ノート……。

これらを見比べながら、一人名探偵コナン状態で、

私のトラウマ治療は「失われた時を求めて」リスタートを切った。

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まとめ 知られざる身体の記憶「手続き記憶」

「手続き記憶」という無意識の身体記憶

『身体はトラウマを記憶する』というその言葉通り、

ヒトの記憶には、実は「手続き記憶」という無意識の記憶がある。

自転車に練習すると乗れるようになるのと同じで、

強烈な体験が身体に手続きとして記憶され、忘却されずにいるのだ。

 

これは10万年前のヒトを思い浮かべると想像がしやすくなる。

文字も紙も新聞も本も無い時代に、ヒトを含む動物たちは自然のなかで生きるために、

如何様にも改ざんできる、いわゆる「記憶」と、

忘れたら生死に関わる、危機管理マニュアルとしての「記憶」の、

二つの記憶を分けた。

そして前者を脳味噌が担い、後者を身体に刻み付けることを選択した。

 

現代の私の例で言えば、

・顔も見えなかった「友達のうちの誰か」に殺されかけたが、大人に頼れなかった記憶

 →人間を信用しない、自己開示しない、背後に警戒する、痛覚を切り離す、人を憎まず

というのは、「手続き記憶論」で言えばごくごく自然な流れとなる。

その犯人が見つかったり、安心が確保される時間を持つまでは、

この身体に刻まれたトラウマという名の記憶は、機能し続ける。

言い方を変えると、身体に正確に刻まれることで、ずっと私を守っていたのだ。

 

トラウマは「守護霊」みたいなもの?

そう考えると、トラウマというのは非常に健気な奴なのである。

脳味噌は不都合な記憶をまるごとぶっ飛ばす「解離性健忘」という荒技を使う。

私ももちろん、周りでも結構これを乱用している人が多い。

でもトラウマ記憶は、「そうは言ってもさ、危ないんだぜ。気を付けろよ」と

いつもどこかでストップをかけてくれている。

 

慢性疲労症候群や起立性障害、

ひいては「身体的問題での引きこもり」などは典型例だと感じる。

「お前さ、部屋の外は危ないんだから、出るなよな」と

いまだ安全確認をしていない身体に刻まれたトラウマ記憶は、危険を回避しようと先回りしてセコムしているのだ。

宗教やスピリチュアル的に言えば、「守護霊」のようなものかも知れない。

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「祈り」とは何だったのか?

トラウマセラピーは、先生方はお怒りになるかも知れないが、

アーユルヴェーダや中医学、リフレクソロジー、はてはアマゾンのシャーマンなどに近い。

・身体志向(←→認知行動療法、傾聴カウンセリングなどの対話療法)

・マインドフルネス(←→飲むだけ薬物療法)

・受容と許し(←→「治す」という近代的価値基準)

 

こう考えると、古来日本だけでなく世界中の人々が、

見えない神様に熱心に祈り、そして「御祓」などの身体的儀式をしていたのも

自然災害や家族の死などの痛みを緩和するセラピーだったのでは無いかと思う。

 

次回からはより深く暗い世界へと足を踏み入れていく。

 

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