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解離性障害、いったん克服!【当事者リアル日記】

「治らない病」克服日記
この記事は約9分で読めます。
プライム

この気持ちをなんと表現したら良いのでしょう。

プラス面)人生で初めて自分の人生を生きられるのか、息がしやすい

マイナス面)いやー、いろんなチャンスを棒に振ってきたなぁ

今日は本当に日記です。

ついに、トラウマをほぼ克服したという勝利の日の日記。

前身のはてなブログのタイトルがget over the traumasですから、

それがgot over the traumasになった。1年。長かった。

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ここしばらくの「過去振り返り」は生き直しという治療

ここでしばらく白々しい過去の醜態を晒していたこと、

文体もバラバラでまとまりのない文章をさらしていたことには、

友人からご意見もいただきました。でも全部「あえて」です。

どれだけ高いセルフイメージを持っている人でも、

その人が小児期トラウマからの生きづらさを抱えている限り、

めちゃくちゃカッコ悪いところを晒しても(隠せればそれいいけど)

0歳からやりなおさなきゃ、ならないんです。

カッコ悪い自分を見たくないとか

弱い自分を認めたくないとか

こんなの自分のせいじゃないとか、わかりますよ。
 

でもね、そこを乗り越えなかったら、絶対にPTGにはいけないんです。

その面倒臭さ、恥ずかしさと向き合えない人は、ずっとストレス後障害です。

私は嫌です。それなら恥ずかしくても面倒でもちゃっちゃと終わらせて

楽しい明日を生きていきたいから。

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トラウマ後成長に行ける人、いけずにPTSDになる人

 
私がなぜ解離性同一性障害を治せたのか、先生と簡単な振り返りをしました。

そこでリソース(資源)を考えてみました。あくまで私のケースです。

遺伝子レベル(両親からの遺伝や、環境による遺伝子の変化)

・外向性スコアが高い=友達ができやすい、フレンドリー、社交的、根明
・開放性スコアが高い=好奇心ベースで社会に適応できる、勉強が好き、何でも学びに変える、なんでも楽しめる
・身体が強い
・運動神経が悪くなく学校生活やサバイバルで困らない(外傷によるマヒや不信感による筋肉の硬直はあった)
・IQが高すぎず低すぎず絶妙に良いポジションだった(発達障害のため凸凹あり。種類によって100〜125くらい)

 後天的な要因

・親が未熟すぎたので親っぽいパーソナリティを身につけ、社会で役立った
・愛されなくても、それがデフォルトなので気にならない(愛着障害)
・誰も頼れる人がいない状態で、親の生殺与奪の権限を持つと言う責任から、
自然と何事にも解決策を自分で考え自分で行動し、内省するPDCAサイクルが身についた
・愚痴や悪口を親から聞かされすぎて不平不満を感じない体質になった 
まあ人間らしくはないですけど、なんというか、スーパーサイヤ人にさせられたんですかね、私。
親は何をしたかったのか良くわかりませんが……。
とても変わった人間として大人になりました。
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全体としてPTGにはなれてたけど大きく失っていたもの

私には「友達」や「愛すべき人」はいる。

でも、家族という原風景がありません。

0歳から親が死にかけ続けたため、安全な家庭環境も一度も経験していないんです。

だから家にいると緊張し、外にいるとリラックスします。

普通の人と逆なんです。

だから失ったものはたった一つ。恋愛や「結婚」ですね。完全にこれです。

私は愛することは過剰なくらいできます。友達にも愛を注ぎまくれる。

けど、うちの親の「愛してる」は嘘だった。嘘だって見抜いてた。子供は敏感ですから。


「愛してる」ーーだから◯◯しなさい

条件付きの愛しかなかった。結局うちの親は二人ともコドモだった。

だから私=子供からの「無償の愛」がもらえないと生きていけないので

私はむちゃくちゃ人を愛しまくる人間になった。

それは私の人生を大いに助けてくれました。感謝しています。

どんな人でも愛せます。そこは自信がある。

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虐待×臨死体験トラウマ×親子逆転=複雑性PTSD≒解離性障害のビジネス家族

……でも、「愛されたことがない子供」のまま保育園に行き、

保育園で不幸が重なって、ただの子供同士のトラブルが

頭蓋骨折という物理トラウマになり、

それを隠蔽する大人たち、考えたくない両親によって「なかったこと」にされ、

私は「割れた頭」を誰にも心配してもらうことなく

むしろ心配で不安で泣き叫ぶ親をなだめ続けた……すでに3歳で本性を知ったのです。

まあ、親の限界を早くに知っていたから、変に期待することはなくて

それからは

父:尊敬しておだてて知識と金を稼いできてもらう相手で、まだ頼りになる大人

母:掃除洗濯家事以外は何もできないので、事務作業や家事は徹底的にやらせる家政婦

と割り切ることでビジネス家族してきたんです。

そして決めた。4歳の時に。処女小説を書いたときに父に釘を刺されたから。

「お前は小説家になれるかもしれない、だからなるな。稼げないから会社員になれ」

ええ、なりましたよ、会社員に。おかげで良い経験しましたしお金も稼いだ。

良いアドバイスでした。

でももう少し夢ってものを見ても良かったような気もします。

4歳以降、脳内で小説を書くことはあっても、原稿に起こすことはありませんでした。

親にバレてまたグダグダ言われるのが面倒だったからです。

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もう、守ってあげるべき、愛してあげるべき親はいない。

 でも、もう親はいないんですから、私の自由。

解離性障害のメリットとして、子供の私は子供のまま冷凍保存されています。

だからいつでも四歳の私になれる。

不思議でしょうね、解離体質ではない人からすると……。

私たちにとって、過去は今、今も今、全部私なんです。

それが分裂していれば「解離性同一性障害」だし、

分裂して独立独歩して迷惑をかけなければ、ただの「解離体質」です。

私はもう自分の人生を生きます。

小学校までは学校で自分らしさ全開で生きていた。

好奇心と社交性全開。机でする勉強じゃなくて、活きた学びが好きでした。

サムネイルにしたのは、小学校5年性の時に、

いま思えばアダムスミスの「分業論」の真似事をして楽しんでいる日記。

お化粧するなら、オシロイバナをつぶしちゃえ! という資生堂的発想。

これは別に誰に教わったわけでも、経済学を学んだのでもなく、自然に遊んでいた。

私は自由に発想するのが好きなのであって、パターン的な考え方は好きじゃないんです。

中学受験なんて全然無理!!!! 本当に尊敬します。やってる子達。

だから、やめた。会社員として最低限はしますが、みんなに合わせるのは無理。

みんなに合わせよう、合わせようとした結果が、鬱休職ですから。

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私は人とは違う、それはもうどうしようもない

 私はみんなとはちょっと違う。

ルールの決まった勉強や暗記教科は苦手。

でもみんなを笑わせたり、面白い遊びを毎日提案したり、それはできる。

14歳〜今まで20年間がんばりました。

既存のルール、社会の大多数の枠組みに合わせようと必死になって

でもそれは自傷行為以外なにものでもありませんでした。

0歳から親に徹底的に叩き潰された自尊心をもう取り戻してしまった。

私は吐き捨てられた20年前の路上のガム以下の存在だとずっと思ってました。

そう思わないと現実がキツすぎて耐えられなかったからです。

けど現実は違った。

小学校から生徒会長だったし、クソガキのボスだったし、みんなを笑わせてた。

クラスのみんながちょっとずつ輝けるようにいつも目配りして

活躍の場を創造しようと笑わしながらマネジメントしてた。

弱い子がいじめられていたら代わりにサイコパスからの集中砲火を盾となって受けた。

それは親に仕込まれたおかげですから、利他的に育ったことには感謝しています。

それからは大人しく、じっとしていたけれど、ずっと社会問題を考えていた。

また大学で自由に振る舞っていたら、親分気質になっていた。その繰り返しでした。

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体癖論や手相や人相でも「愛する系・意思と我が強い人」

日本生まれの整体のベースとなる「体癖論」で言うなら、9種と5種なんです。

素早さとこだわりとマイペース。

そこにトラウマで「ねじり」の7種が入ってこだわっていただけ。

「ねじり」が取れたいまは、ただただスピーディーに信念を追求したい。

手相も学び、人相学もあらかた学びましたが、やはり意思が強い、強すぎる。

それは良くも悪くも、です。協調性を失ったら崩壊するパターンでしょうね。

周りと仲良くするより、親しい人、分かり合える人と、スピード感をもってやりたい。

けどこれはもう体質なので、自分を捨てるか、周りを捨てるかの選択になる。

だからもう、会社は親のように割り切って、稼ぐ場所(ゲゼルシャフト)に変えます。

安らぐ場所(ゲマインシャフト)にしようとしたけれど、無理でしたね。

頭の使い方が違うんです、会社の人とは。

私はメイクに興味を持ったら、ダイソーに行ってフェイスパウダーを買う人間じゃない。

校庭の白粉花を家内制手工業を株式会社化して

「おしろい粉」を量産して友達に配るタイプの人間です。

もういろんなトラウマでそうなってしまった、変えられないんです。

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弱くなれないなら、強きをくじかれることに耐える戦略

今までなるべく弱く弱くなるよう努力して、努力しすぎて鬱になりました。

鬱にならないと会社の先輩と会話が合わなかったからです。

年功序列システムだと、年下は弱くなければ企業文化を壊してしまうからです。

そんな理由で鬱になるって変ですよね。でもそうなんです。

私は鬱になることで適応したのです。鬱になって初めて会話が通じたから。

けど、鬱だとプライベートも鬱のままですので、人生がつまんないんですよ。

会社の人と会話するために鬱でいるって無理なんです、土台。

だからやめる。その代わり、会社の人とはもう会話は合わない。

それによってイジメられるかもしれない。

けれど鬱でいるよりずっとマシです。だからもう自分を演じるのを辞めます。

女性らしくとか、みんなに求められる私をやり込みすぎて、疲れてしまっていた、

一言で言うと、この20年近くは、そういう状態でした。 

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予告通りですが、ブログのスタイルも変わります 

このブログでも自分の思考のスピードのまま書かせていただきます。

これまでの記事では、「いかに伝えるか」を重視した鬱の自分が書いていました。

けれどもうその鬱の自分は私の中の一部分になった。

だからいつもいつもわかりやすさを重視して書くことは、今後はできないかもしれません。

そういう時もあるし、思いつきをつづるひもあるでしょう。

けれどその時系列を記すこと自体が、このホームページの存在意義です。

1年前は病識もあいまいな、真因からは程遠いところにいた私が、

いろんな思考を経て、ついに本当の病名に辿り着き、過去を受け入れ、

トラウマを受容し、理解し、専門家と二人三脚で癒やしていき、

多重人格という「異常さ」も受け入れてただ自分を許していった結果、

それが今日の日記です。昨年5月に書いていた「予告」は以下の記事をご覧ください。

https://realptg.com/2020/05/15/statement/ 

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注意 解離体質自体は治らないし、分裂人格は「眠る」だけ

解離性障害は、障害というほどのレベルかどうかだけが問題です。

私はいまはもう障害ではなく、解離という「魔法」が使える人間です。

私の大好きなファイナルファンタジーシリーズで例えると、

普通の健康で虐待を受けていない、小児期トラウマのない幸せな人は、

「ケアル(回復魔法)」と「ファイア(炎の攻撃魔法)」しか唱えられないとします。

けど、私はめちゃくちゃ苦労したことにより、

「ケアル」「ファイア」に加えて、

「ヘイスト(スピードアップ)」とか

「ライブラ(相手のレベルや属性や弱みがわかる)」とか

「グラビデ(時空を歪める技)」とか

ちょっと変わった魔法を使えるようになってるんですね。

MPという精神力をすごく消費しますが、

いまは自由自在に、使おうと思えば魔法みたいなことが使える。

まあそんなちょっと変わったメンヘラさんが気ままに書いていきます。

引き続き分析記事などあげていきますし、

やっと多重人格の構造がわかったので、まずは解離性同一性障害について

まとめ記事を書きたいと思っております。

いやー、結構皆さん多いんじゃないでしょうか。思い当たる人がちらほら。

きっとこんな一見特殊な体験でも、誰かのお役には立てるはずだから。

今日も書く。書きたいから、書きます。

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