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【対処法】毒親育ち・少子化という治らない病を治す

「治らない病」克服日記
この記事は約19分で読めます。
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いくら泣いたって、怒ったって、毒親は決して変わらないという現実が厳しくて、

毒親育ちさんたちは、やるせなさをどうにも出来なくて心を壊して行きます。

毒親は人生を楽しく逃げ切り、犠牲となった毒親育ちさんたちが精神病者となって苦しみ続ける現実をどうにか出来ないか考えてみました。

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「親ガチャ」「少子化」という若者たちの覚醒

世間では「少子化が問題だ!」「若者が子供を産まない!」と言われて、CMでは笑顔の家族像が溢れ、家族の大切さが盛んに説かれます。

一方で若い世代は「親ガチャに外れた」「モラハラ夫とは離婚だ!」と、アンチ家族主義的な色合いを濃くしています。

筆者はいい年齢の大人ですが、この論争でより真実を語っているのは「現実」であると思います。つまり実態=少子化、離婚増こそが現実。

そもそも人間といえども動物ですから、子孫を残すというのは普通なら最優先の欲望のはずなのに、その本能を超える理性の力で家族を壊そうとしているんですよね。

それはつまり、親世代=高齢者の一部が子育てに完全に失敗したのことの証左であり、彼らが今も無自覚に子供たちを傷つけ続けていることへの、子世代からの反抗であると私は思っています。

残念ながら古今東西、神話の時代から、「親になるべきではない人間が親になり、子供の人格を蹂躙する」ということが繰り返されてきました。

いま存命の虐待親たちも、残念ながら実の両親から虐待をされてきたし、その両親も……と少なくとも昭和以降はずっとそうだった可能性がありますので、誰が原因だとか言うつもりはありません。被害者マウント議論をし始めるとキリがありません。

しかし、令和の日本において、「家族 NOという若い世代が増えた」ということだけは事実です。時代や空気感が変わりつつあるわけですね。

恋愛でよく言われること「その人の本性を知りたいなら、言っていることより、行動を見ろ」というのと同じだと思っております。

今回は「少子化」という社会現象を横軸に、「家族が崩壊し始めた」という現実を縦軸に、毒親育ちのアダルトチルドレンたちが苦しみをいかに乗り越えるべきかを考えます。

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毒親という存在は古今東西不滅。自己愛者はゾンビ。

私が思うには、この世のあらゆる快楽の中でも最も大きいのは「支配欲」。現代の言葉で言えば「マウントを取る」ことです。この快楽は一方的で自己完結的です。

一方で神話や文学から見える人類の美徳とは「他者を無性で愛すること」。他者のありのままの姿を受け入れて、イヤなところも良いとことも愛する。その究極が恋愛であり、親子愛です。

この人間的な特性は一人の人間の中に同時に存在します。

ーーとか書くとお堅いですが、ほとんど全ての人は愛する心も持っているし、誰かにマウントを取ることで気持ち良くなろうとする本性を持っています。

別にマウントが悪いことだけとも言えませんよね。

前回書いたように、他者より優れていたいから仕事や勉強を頑張れるし、よりよい人間になろうと一生懸命足掻いて善人であろうとします。

しかし。残念ながら、例外が存在するんですよね。自己愛です。

メカニズムは不明ながら、恐らくは5歳くらいまでの間に、人間はどれくらい自分をゾンビ化させるかという選択肢を持つようです。

自己愛ゾンビになると、自分の快楽のために他者愛を「ほとんどすべて」捨てます。他者は自分を気持ち良くさせるためだけの存在として利用し、強い他人は社会的に利用、弱い他人は「虐待して気持ち良くなるために」利用します。

ここまでは本ブログでずっと主張してきたことです。筆者は基本的にまっとうな人々の味方ですが、自己愛ゾンビにはかなりシビアな眼で分析しています。

といいますのも、自分自身も若い頃は自己愛ゾンビに認知を乗っ取られかけ、危うく理性を手放してゾンビになってしまうギリギリのところだったからです。

(私が「不治の病」である自己愛性パーソナリティ障害から脱出できたのは、社会的にも死に、肉体的・精神的にもしっかりと地獄を味わい尽くしたからだと思います。漫画みたいな展開です)

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戦争世代と自己愛

さて、虐待を受けた人や、親から不適切な教育を受けた人(特に過保護)が自己愛性パーソナリティ障害に進みやすいことが知られています。また、発達障害傾向との相関も指摘されており、幼少期の生きづらい体験が自己愛への道であることが考えられます。

昭和の時代に経済が成長した代償として、男尊女卑が強化され、父親のDVが黙認されたことが表裏一体なことから、私は国民皆兵の総力戦としての戦争こそが自己愛ゾンビの生みの親だと思っております。

親を亡くしてギリギリの世界で生き延びた戦争孤児が、自己愛ゾンビの負の力を借りてなんとか生き延びた。正論も常識も通じない世界で、優しさや愛を全面に出していたら利用して死ぬだけだったために、やむを得ずゾンビ化した日本人が多かったのではないでしょうか。

彼らは強烈な負の体験を背負ったまま親となり、社会で活躍することで自己愛を満たす傍ら、妻子を虐待することで自己愛ゾンビエネルギーを補給していたーーというのが私の仮説です。

(戦争が定期的に起きるのは、人々を自己愛ゾンビにしないと資本の増加率が鈍化するからではないでしょうか。自己愛の人は家族を犠牲にはしますがよく働くためです)

これは善悪を論じるつもりはなく、ただこれこそが故安倍氏の仰っていた「戦後レジーム」だったんじゃないかなあと思うわけです。悪いのは個々人ではなく、戦争と自己愛というシステムです。

戦争を起こすと、人々は心に傷を追い、健全な人々までまるごと自己愛的防衛に飲み込みます。

自己愛ゾンビになった人々は、コンプレックスと虐待を糧として世間体を極限までアゲアゲにし、他者より優れているために会社や社会活動でがむしゃらに頑張ってくれます。

そして世間から外れたことをすると内に秘めた劣等感を見たくないために、ある年齢になると受験をし、ある年齢になると結婚して子供を産み、ある年齢になると余生なるものをスタートさせて旅行に行きます。

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戦争を知らない子供達は、自己愛が嫌い

令和になって、急に人々が自己愛的な人間を嫌いはじめましたよね。面白いくらい。

私は昭和生まれの平成育ちですので、パワハラモラハラセクハラ当たり前の学生生活・会社員生活を送って来ましたので、あまりに急な変化にびっくりしているくらい。

それほどに「国民の象徴」の交代は日本人の集合的無意識に働きかけているのかもしれませんね!

日本を牛耳っている政治家はいまだに戦争世代ですが、天皇陛下は戦後生まれ。やはり現在の社会のメインプレイヤーはすでに戦後世代に切り替わっているわけで、戦争が無理矢理生み出した自己愛モンスターたちが「あれ、ゾンビじゃね?」と正体を見破られつつあるというのが私の考えです。

自己愛の人は自分を守るために支離滅裂で意味不明な言動をします。弱いと思った身近な人を虐待せずにはいられません。かといって自分の愚行を覚えていると都合が悪いため忘れてしまいます。その代わり、見栄のためなら非常に勤勉です。

うーん。金しか価値を置かない資本主義や資本家にとってみたら、しもじもの労働者ごとき、労働者同士で虐待しあおうとどうだって良いことですから、「労働者=自己愛者」であってくれた方が助かるわけです。

令和の若者はモーレツ社員を嫌って、休みの多いプライベートをきちんと従実できる、給料が低くても仲の良い会社を選ぶ傾向が強まっています。まさにアンチ自己愛!

ただし自己愛者は基本的にイヤな奴で、神話の時代から嫌われる存在ですので、内紛を起こさないためには過半数を自己愛ゾンビにしてしまわないと秩序が壊されてめんどくさいのでしょう。

若干陰謀論的に聞こえたら本意ではないのですが、受験戦争はシステムのオートポイエーシスのための装置ではないかと個人的には思っています。

こうした資本主義システムを維持するためには、いまの子供たちをイジメ抜いて自己愛者にしなければなりませんし、親たちには子供をイジメて自己愛ゾンビに育て上げてもらわなければならない、ということになります。

フランスの哲学者・ルソーが「エミール」で説いているように、子供なんて野山で走り回って子供同士で遊ぶ中で勝手に育ますし、そうやって色んな能力を自分で育てて行きます。

親ががちがちに監視してあれこれ注入しなくても、DNAは多様性に沿って人は個性的に成長するもの。

それを親たちに「みんなと同じ道を歩ませないと、お前らの子は不幸になる」と言い続け、また親自身も型にはめられてきた恨みを子供で晴らそうとする気持ちを利用し、「反抗されたらメンドクセぇから奴隷にしておきたい」という無意識にも働きかけて、子供達に無理矢理逆境体験(受験)を強いている……という分析も成立するでしょう。

が、その「修行」の無意味さに多くの子供たちが気づいてしまった。いわゆる「エリート」の多くが「修行」に適応して自己愛を自らに取り込んで勤勉ゾンビになっていく一方で、「修行」の枠外からたまたまエリートになった人はゾンビの仕組みに気付きつつあります。

そうやって戦争を知らない子供達が、自己愛ゾンビにNOを突きつけ、まさしく「戦後レジームからの脱却」を目指そうとしている。そのシステムの過渡期に起きた人口の「摩擦的失業状態」が少子化と毒親問題だと思います。

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改めて、毒親と毒親被害者を再定義してみる

さて、ちょっと難しげな話をしてしまいましたが、これらを踏まえて本ブログなりに「毒親とは何か」を再定義してみたいと思います。

・たとえ社会システムからの要請であったとしても、自己愛という魔物に己の良心を売り渡し、自分だけ楽をして自分だけ快楽を貪るために、我が子を虐待して反省のない親

というのはどうでしょうか。毒親さんには色々種類がいまして、教育虐待ゾンビがもっとも多く、次に息子溺愛娘虐待ゾンビ、ネグレクトゾンビ、心理的虐待ゾンビ、マネーハラスメントゾンビ、物理的虐待ゾンビなどがおります。

彼ら彼女らの特徴は、親になったとて常に絶対的に自分のことしか考えていないという点です。なんなら一生、自分だけを愛し続け、パートナーや子供は利用するだけの存在と見做し続けます。

よって、毒親被害者たちは何重にも苦しめられることになります。

・親は自分をこの世にリリースしたはいいが、圧倒的に精神的に幼児なために誰も心を育ててはくれなかった

・親は親自身が楽をするために精神的、物理的に自分を酷使してきたため、自分の感情や自分の気持ちを素直に感じて行動に移すことが許されないまま大人になってしまう

・親の愚行に気付いて話し合おうとしても、相手はそもそもゾンビであるから、自らの非を認めることは決してないし、むしろ記憶にないことも多い。「いいがかりをつけるな」と逆ギレされて終わることがほとんど

・親は頼りにならない状況で、自らの未熟な心が壊れてしまった時、本当にどこにも助けてれくる存在が見当たらず、「精神病状態」や自傷行為に行ってしまうしかない

・それにも関わらず、毒親育ちは一貫して「親の親」であったために、親から頼りにされて精神的にも金銭的にも搾取され続け、「精神病になるなんて甘えだ!」と罵られる

あんまり暗くなるのもアレですが、いやー、良心を自らかなぐり捨てた人ってヤバいですよね。個人的には、自己愛ゾンビはもう子作りをやめていただきたいです。どうせ子供は大人になったら精神病になるんですから。

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「せめて子供を産まない」という毒親育ちたちの小さな抵抗

……といっても現代で子供を産んでいるのは、代々超健全で超素敵なまともな人か、自己愛ゾンビかのどっちかが多く、毒親育ちの中でもゾンビ化していない人は独身者が多いですね。

先に述べたように、超健全で超素敵なまともな人は、わざわざホモサピエンスの本能に反抗しません。ある年齢になると素敵なパートナーを見つけ、ごく自然に親になっていき、ごく自然に歳を重ねて大人になって行きます。

この人たちは国が躍起になって何かしなくても、勝手にDNAに刻まれた本能に従って生殖をしますし、子供と自分が食べていけるようにその健全な心と体で社会活動を行って日銭を稼ぐ力を持っています。

一方、家族にいい思い出が無い場合、二つの戦略があるわけです。

①境界性パーソナリティ障害の人に多い「自分の家庭でリベンジする」という策。

②回避性パーソナリティ障害の人に多い「自分は素敵な家庭を知らないから、リスクを犯さずに独りを選ぶ」という策。

もちろん、本人の意思力さえあれば、自己愛の魔物に心を喰われてゾンビ化せずに幸せになれる可能性はあります!親が毒親だったから子供が100%我が子を虐待する訳では絶対にありません。

ですから①の選択はギャンブルではあるものの、自分も生まれてくる子供も両方幸せになれる可能性を秘めています。このケースであれば少子化支援対策でお金をばら撒くことや保育園の拡充は非常に効果があるでしょう。

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親からも、異性からも、社会からも「見捨てられた」と感じる人々

一方、思春期の頃に生殖を諦めてしまった人に対して、いくらお金を渡しても心の扉をこじ開けるのは難しい。もちろんその親は子供心が閉ざされていた方が利益があるからそのままにしているので、扉を開くことに協力しない。

毒親育ちとはいえ、親ガチャをミスっただけで人生全部ダメになるわけではありません。

5歳くらいになれば自分の力で外の人と交流することが出来て、毒親以外の善良な他人をモデリングして強くたくましく成長することは可能です。

しかし、この世には最強クラスの自己愛ゾンビ毒親が存在します。自己愛者の中でも最も凶悪な毒親ーー。

それは、劣等感の強い被害者マウント系自己愛性パーソナリティ障害者毒親、です。

精神医学用語で言うと「受動過敏型自己愛性パーソナリティ障害」とも言います。

彼らは自己愛ゾンビの要素を兼ね備えつつ、かつ、強すぎる劣等感によって周囲の人々の価値を下げないと生きていくことが出来ません。要は足を引っ張る人間です。

でも、自分が人の足を引っ張らないと生きられないと認識できるほどタフではないために、謎の被害者意識という鉄の鎧を何十にも着込んでいます。

こういう人は「心配」「不安」というワードを多用して、カバートアグレッションを駆使してターゲットを洗脳し、タゲを無力化し支配することで生き延びるんですね。

見た目はジャイアンぽくない、むしろしずかちゃんみたいなお淑やかな印象で、自分が毒であるとは全然見破られないように偽装しています。

こういう毒親を持ってしまった人は、家にいる間中ずっと自分の価値を否定され続けるために、自分が本来どういう人間かについての認識が滅茶苦茶なケースが多いんです。

進学、友達、恋人、就職、結婚、すべてに口を出し、言う通りにさせる過保護系毒親がそのシンボルです。このタイプのゾンビは、子供から「生きる力」を根こそぎ奪い尽くして養分にするところが最低です。

それでいて「法的には」問題行動をしていないため、子供側も洗脳から抜けるタイミングが図りづらい。知り合いの90代毒親と70代娘の組み合わせでは、娘は一生を毒親の言いなり家政婦として捧げていました。

母親がゼウス化し、先回りして子供の乗り越えるべき課題を解決してしまうことで、永久に子供を子供扱いしペットのように支配できる特権を手に入れるーーそれがこのタイプの本当の目的です。

正直、ジャイアンみたいな毒親に育てられた人は、途中でかなりの確率で「うちの親がおかしいのであって、自分は親と違う生き方をしよう」と思うタイミングがあるのですが、過保護系に育てられた人はなぜか親を憎まずにスピリチュアルにハマったり、自分探しで堂々巡りしていたりできっかけが無いようです。

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自己愛の世界の勝者と敗者 そして対策へ

自己愛というのは無限マウンティングシステムです。すべての他人よりちょっとでも優っていることを目指すデスゲームです。

起源は不明ながら、いまだに世界は男性に生まれた人間が女性を見下すという謎のシステムを維持しています。私はフェミニストではないため、事実は事実として指摘はしますが、それ自体がいいとか悪いとかは申しません。

ですので、自己愛の世界では男性が女性よりアドバンテージがあります。有利なんです。

じゃあ不利な女性がどうやって無限マウントするかと言えば、やっぱり子供を利用する人が多いわけです。悲しいことに、自己愛男性と虐待の相関率は100%ではありませんが、自己愛マザーの虐待率は主観ですが100%です。

専業主婦は家に縛られる一方、男性は会社でパワハラをして発散し、アフター5ではお金で女性を買うことで発散し、夜は妻を殴って発散したのかも知れませんが、それは統計がないのでなんともわかりません。

ここで声を大にして申し上げたいのは、毒親(=各種虐待親)は子供を愛してなんていないよ、という純然たる事実です。

そして一度両親をかなぐり捨てて虐待で生計を立てることに決めた人間は、どうやっても自分と同じ良心のある人間には戻らないゾンビである、という事実です。

さらに言えば、それはあなたの親(毒親)が悪いとか、あなたが悪い子だから親が自己愛ゾンビになってしまったのではなく、システムが自己愛を奨励しているからだ、という仮説です。

そして恐らく、この長文にお付き合いしてくださったあなたは、ゾンビの子ではあるがゾンビにはなれず人間に踏みとどまった愛の人である、という事実です。

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毒親問題から自由になるためのたった一つの方法

私は本論でたくさんの仮説を提示させていただきました。繰り返しますが「大人に都合の悪いことは基本的に調査されない」という権力の原則がありますので、すべて私が立てた仮説です。

何が言いたいのかと言いますと、毒親の毒は、別の毒を以って抜くしかない、ということ。

毒が全身に回っているうちは、自分が悪いからとか、弱いからだとか、もっと頑張ろうとか、親がいつか変わってくれるのではないかとか、毒に侵された自分の脳内でどうにもならない反芻思考に陥ってしまいます。

でも、残念ながら、そこからは何も生み出されません。必要なのは外からの刺激です。

①第一段階:外からの刺激(情報、コミュニケーションなど)を取り入れる

②第二段階:自分の状況を客観的に見る(カウンセリング、マインドフルネス)

③第三段階:毒親がゾンビであることを認識し、執着を手放す(諦める、忘れる)

④第四段階:毒親がそうしたように、自分も毒親の利用できるところだけ利用して、責任は追わないクールな関係性を構築する

これがリアルPTGの提唱したい毒親トラウマからの「成長」ロードマップです。

すでに別の病気の解説記事でも同じことを書いていますので詳しくは省略しますが、「我こそは素晴らしい親である!」と曰う毒親の事実だけを見て、その中身が2歳児であることを看破することこそ目標です。

しかしながら、動物の子供というのは基本的に親を愛するように自動プログラムされているため、子が親への愛を捨てるのは容易ではありません。すごく時間もお金もかかります。

それでも、毒親はあなたのことを愛してなどいません。あなたは何とか理由をつけて親を愛そうとしますが、毒親は他人を愛するという能力と引き換えに快楽を手に入れたゾンビなんです。

ここが夫婦間や会社などでのモラハラ・パワハラと、親子間の虐待との決定的な差です。元々他人から受けた洗脳は解けやすく、親から受けた洗脳は解けにくいんです。

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毒親問題やハラスメントに対抗する奥義

色んなカウンセリングに通ったり治療を試している自分がもっとも「効いた」と思う脱洗脳の方法は

<物理的に距離を取る>

というものすごく単純なことでした。また顔を見たり連絡をすると情が移るため、とにかく離れる・連絡を最低限にするのが効きました。

愛の反対は無関心です。思い出す頻度が減ると、自然と親の洗脳が解けやすくなります。

私はこの奥義を実践して、びっくりするような自分の変化を経験しました。

一つは、両親からマウンティングされすぎて、自分はものすごくブスでデブで誰からも相手にされない人間だと思い込んでいましたが、別にどうでもいい地味で普通の容姿だということに気づいたのです。マイナス方向にもプラス方向にも特別ではなかったんです。

もう一つは、両親が「おまえは天才だ!!」と言い続けたせいで自分は頭が良くならなければという強迫観念があったのですが、別に全方向に頭が良い必要はないなと諦められたんです。私は数字の識読に軽度の障害があって、数を数えることと暗算ができないために経理や営業の仕事が辛かったのですが、もうどうでもよくなりました。

親への執着が抜けると、「なんであんなことに肩肘はってたのかな〜」ということがいっぱいありました。親はいつも「俺たちはおまえの良いところも悪いところも誰より分かっている」と言っていましたが、むしろまったく分かっていなかったどころではなく、私の長所という長所を「短所だ!」と決めつけて潰しにかかっていたことがよ〜く分かりました。

事実が事実として冷静に見えるようになった時、自分が盛りたてて守り育ててきた大切な両親が、おっさんおばさんの仮面を被った二歳児だったことが分かったんです。まだ親への片想いは続いているけれど、相手は自己愛サイコパスだという事実も忘れることはありません。

もう親を憎んではいないし、公序良俗に反しない範囲であれば長生きしてくれればいいなと思います。最低な人間だけれども、お互いに生きる権利はあるのです。

かといって介護も援助もする意欲は起きません。子供が死に物狂いで働きながら闘病している事実を知りながら、虐待の事実をきれいサッパリ忘れ、広いタワマンに最新家電と大型テレビ、豪華な食材に囲まれ、イケメン若手俳優のおっかけと旅行三昧するような人間を助ける気になれないからです。

それは親だから、ではなく、人間として尊敬出来ないから。

毒親育ちさん、自分が本心から尊敬できる人に囲まれて生きてみませんか。儒教なんて親孝行なんてクソ喰らえ!自分の本当の気持ちって知るのは怖いけれど案外大したことないですよ!

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あとがき いちばんの少子化対策は?

自己愛ゾンビの言動で一番腹がたつのは、自分が子供世代を「かたわものの障害者」に無理矢理仕立て上げ、若者を搾取して給与や年金を貰っている立場にも関わらず、マウントを取ってくることです。

「俺たちはタフなのに、あいつらすぐメンタルを病んで弱い」

「子供を産まなかったら年金もらえないじゃない!私たち世代のために産みなさいよ!」

こうやって、自分の子供を傷物にした上に、社会正義ヅラして他人の子供にまでマウンティングを吹っかける様は醜悪以外の何者でもありません。それを正義ヅラして「少子化は問題です、若者は社会に貢献せよ」とか言う人も同じです。

そうかと思えば、子供の貧困をずーーーっと放置している。貧困家庭の親御さんが子供を産むのは良く無いような論調ですが、少子化が問題ならとにかく産んでもらえば良いのではありませんか?それを何故、貧困家庭の家族にマウンティングしているんです?貧困家庭が減るとマウント取れなくなって困ることでもありますか?

もし本当の本当に少子化が問題なら、子供を授かりたいよ!というご家庭が望むだけ子宝を授かってもらって、子供は地域の高齢者が総出で面倒を見て、教育費は無償にすれば良いのではないでしょうか。

親に時間的・金銭的負担をなるべくかけないようにして、暇している人に手伝ってもらう。そして子育ての責任を地域の共同責任に戻し、親の心理的負担を軽くし、かつ、万が一にも親による「精神の密室殺人としての虐待」をさせないように地域と行政の多数の大人が責任を持って関わる。

私自身、親に育ててもらったと言うより、保育園や学童、友達の親御さんに育てられたと思っています。それでも子供は育ちますし、私には犯罪歴はありません。

ようするに資本主義を回さなくなった大人は、地域を回して死ぬまで責任を果たすべきだと私は思います。実際、子ども食堂や地域ボランティアでそうなさっている立派な大人をたくさん知っています。

自分は家でテレビを見てゴロゴロしていて、他人事のように「少子化ガー」というのは自己愛ゾンビの「でもでもだって私たち子育てしたのよマウンティング」にしか聞こえません。

結局、大人に傷付けられてきたかつての子供達が、家族という共同体に対して積極的になれないことが問題の一つの大きな原因であると思います。

その大人たちは口ではなく手と足を動かすようになれば、かつての子供達の凍りついた心も解けて、他人に対して心を開こうとするようになるかも知れません。

若い人たちに「資本主義マワセー」「仕事シロー」「子供ウメー」と口だけ言うだけでは、さらに社会に不信感が増すだけ。命令さえすれば、号令をかけさえすれば他人は動くと思っているのがいかにも自己愛ゾンビの思考です。

まあ結局は、自己愛ゾンビさんの割合が多い世代が自然減で退場なされれば、つまりあと30年もすれば、恐らくは自然に社会の風通しはよくなり、人口は下げ止まるのではないかと思いますよ。

むしろ産みたく無い、子供を授かることが怖い、結婚に気が乗らない人を無理やり結婚させて子供を授けたら、誰も幸せにならないことは目に見えています。そういう意味では、いまの40〜10代くらいの世代は子供を授かりづらい時代に生まれて可哀想なのかもしれません。

人工知能には絶対にできないことが子供を授かるということですから、シンギュラリティ以降の人類の主な仕事は子作りになっているかも知れませんね!

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