アダルトチルドレン

「治らない病」克服日記

「人格統合」傷ついた私は眠りについた【実録・小児期トラウマ治療7】

私が3歳の時点ですでに親を頼らなくても生きられたのは、私の中に「たくさんの強いわたし」たちがいて、自分の中で役割分担して支え合い、励まし合ってきたからなのだと、ようやく気がついた。私が大好きな「あの子」は、いま左腕でスヤスヤと眠っている。うつ、虚脱、希死念慮、あらゆる不条理を超えて、あの子たちが繋いでくれたバトン、ここで落とすわけにはいかない意地がある。私にはPTGでい続ける理由がある。そしてそれはきっと、自分の身体の声を聞くことのできる全ての人にとって、同じ。
「治らない病」克服日記

コロナ対策「呼吸を取り戻せ」!【実録・小児期トラウマ治療6】

そこに来たのがコロナ危機です。これに「身体」は即座に反応しました。小児期トラウマの人はもともと免疫が弱っており、体力もなく、前回記した通り私は呼吸回数が極端に低い特殊な条件でした。身体は「私は高リスクだ。今すぐ手を打たねば」と、猛烈に動き始めました。これは、「身体と心が別人格として機能している」かつ「生きたい意思が強くエネルギーが内省に向く」私固有の事情によります。
「治らない病」克服日記

3歳児が失った「頭蓋骨陥没骨折」の痛み【実録・小児期トラウマ治療3】

小児期トラウマの最も新しい記憶は、3歳の臨死体験だったーー。目の前が血で染まる。意識が遠のき、わたしは私から分離し、もはや死体にしか見えない私を斜め上から眺めていた。砂場は血の海。でも何も聞こえない、感じない、痛みも、憎悪も。犯人を罰している余裕なんて、あの頃の私にはなかったのだ。
「治らない病」克服日記

普段は怒らない解離な私が、キレたサイコパスになる時

解離したあとの人格の中にサイコパスがいる人がいてもおかしくないです。
虐待とサイコパス化には因果関係が指摘されています。
私は常にサイコパスな訳ではないので、サイコパスの成り立ちについてまでは分かりませんが、
自分を守る人格たちの一つにそういう子がいるのは確かなのです。
「治らない病」克服日記

【病識への道・後半】複雑性PTSDという診断にたどり着くまでの30年間②

私の診断は、「双極性障害」「パニック障害」でした。解離と虚脱と過覚醒と低覚醒を行き来しながら何とか生き延び、「医者を信頼する」まで進みました。ここから一気に「自分なりの健康」にたどり着きました。病識を得るまで、約30年。病識を得て行動をはじめ、約6ヶ月。病識(異常性の正しい自己認識)の大切さが伝わることを祈ります。
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